2017年6月18日日曜日

船大工の町 宿根木その5

町を流れる小さな水路。しかし実は「称光川」と言う、江戸時代からこの町に生活用水を提供し続けてきた大切な川でした。地図をよく見るとこの川と町の面白い関係に気付きます。この町の路地は不規則に方向が変わり、一見無秩序に走っているように見えます。たぶんまず家が建ち、余った隙間が路地になったのだろうと思っていましたが、実はそうではありません。生活用水に近づきやすいよう正確に、川と平行に配置されていたのです。町に住むということは、建築もまた町のルールに従って造られるのだという事実を教えてくれています。

2017年5月26日金曜日

船大工の町 宿根木 その4

  薄暗い路地を抜け、町の外れ、海辺の近くでやっと視界の開ける場所を見つけました。この敷地なら、たっぷりと光を取り入れた家が出来るはずと思いきや、やはり窓はほとんど無く、外壁は相変わらず分厚い板で覆われています。
  何故でしょうか?答えは地元の方が教えてくれました。江戸時代、この町は先に触れた「西回り航路」の恩恵を受け裕福な家が多かったそうです。奉行は少しでも多く税金を取ろうと窓の大きさに比例して徴収しました。だから家の広さと高さは限界まで大きくする一方で、窓は極力小さくするようになったそうです。

2017年5月22日月曜日

船大工の町 宿根木 その3


鋭角に交差する道で切り取られた変な敷地。普通なら使い物にならないこの土地も、ここの住民の「建てたい!」という切望の前には何の障害にもなりません。だから三角形の敷地に沿ってこんな家が出来てしまいました。きっと使いにくいだろうなと思いつつも、この奇妙な構図は実にアーチスト好み。僕と同じようにどこかで誰かが眼をつけたに違いない・・・そうです。僕がこのスケッチのを完成させる前に、同じ構図を背景とした吉永小百合さんのテレビCM(JR東日本放映、残念ながら関西の人は見られません)があったとのこと。見覚えありますか?

2017年5月18日木曜日

船大工の町 宿根木 その2


如何に濃密に家が建っていると言っても、町はやっぱり人が住むところ。最低限のプライバシーが必要です。

狭い道に面した窓の大きさは控えめに、かつ1階も2階も 一行く人に覗かれないよう格子で覆います。江戸時代の人々は環境に対する意識が高かったと言うのは有名な話。だから当然、家の壁板は船の廃材を利用します。茶褐色の色と厚板の重厚な質感、軽快な格子窓。統一された街並みのデザインはこうして決まったのです。